読みもの

「耕さない田んぼツアー2017」で
参加して下さった方のご質問にお答えした時のものを掲載します。
ご自分でもお米づくりをされているご質問者さまが
これから 「不耕起栽培」をはじめるにあたり、
疑問や聞きたいことのあれこれをたっぷりお話ししました。
どうぞご覧下さい。


【もくじ】
○第1回(2017.12.08.FRI.UP)
○第2回(2017.12.15.FRI.UP)
○第3回  (2018.01.11.THU.UP)





2017.7月 ブロワ珈琲焙煎所さんのテラスにて



○第1回(2017.12.08.FRI.UP)



ーー 不耕起をはじめたきっかけ

参加者(以下、参)  どうして不耕起栽培をしようとおもったんですか?

五十嵐武志(以下、武)  僕はなりゆきです。笑

参  なりゆき、大事だと思います。

武  自分の意志はないですね。たまたまです。

参  なりゆきと巡り合わせって大事ですよね。

武  25歳のとき、埼玉でむつう整体の先生と知り合って、野菜を作りたいと思ってるっていう話をしたら、院長先生を紹介されたんです。会員向けに安心安全な作物を作りたいということで、そこに勤めることになったんですけど。

五十嵐ひろこ(以下、ひ)  武志くんは整体に興味があるわけではないんだけど、たまたま、そこで働くことになって。神奈川で無農薬の野菜をつくってる団体のところに研修に行くことになったんだよね?

武  そう。だけど2ヶ月も経たないうちに事務員がやめちゃって、東京に戻されて事務をやらされることになったんですよ。僕は事務なんてやりたいことじゃないから、 辞めますって言ったんですけど、1週間位で院長から連絡があって。

南房総でむつう整体院をやってるお米農家さんが居るから「お前、田んぼ一緒にやってくれ」って。その時はもう、埼玉の慣行のネギ農家さんに研修に行くことになってたんで、1年待って下さいって言って。そのあと、いやいやで南房総に来たんですよ。27か28歳のときです。

ひ  岩澤先生が主催してる自然耕塾に通うことになったんだよね。院長先生は、無農薬で無肥料で、体にいいお米を、会員さん向けに販売したかった。

参  貴重な経験ですよね。だってもう、岩澤先生はこの世にいないし、僕の近所にも80代のおじいちゃんおばあちゃんがいっぱいいてですね、変な話、いつまで生きててくれるのかな?って。すごい知識を持ってるんですよね。それをはやく受け継ぎたいっていうか、そんな気持ちは強いです。

武  そうなんですよね。技術論とかじゃないですよね。経験論ちゅうか。

ひ  で、岩澤先生が、不耕起っていうやり方をしていて。

武  そうそう

参  あーなるほど

武  僕はそんときにいやいやだから、授業はずっと寝てました。

ひ  授業がやっぱり難しかったんでしょ?専門用語で。

武  すっごい難しかった。

参  そうなんですね。

武  それこそもう、10年前だから、農家さんばっかりなんですよ。僕みたいに農家じゃない人は3分の1切ってる。20代の人もいないし。50代、60代の農家さんばっかり。

参  それじゃちょっときついですよね。

武  全然、面白くないですよね。はやく終わんないかなって。だけど、2月から行って、5、6月かな、生き物調査っていう授業があって、そこですっごいテンション上がっちゃって。

参  ああ、生き物が好きだって言ってましたね。

武  すっごいいるんですよ。そこで、この先生、すごいなって、やっと思えて。で、その後もやっぱりわかんなくて、寝てて。でも、これは仕事だからっていうのもちょっとあったから、2年目は院長にも自分でお金出すんでって言って、休みをもらって通ったんだけど、やっぱりわかんなくて。

参  その時は通いで?

武  そうですね。南房総から通って。

参  1年くらいなんですか?

武  8ヶ月くらいかな。でもやっぱり2年目いってもわかんないですよ。全然わかんない。そもそものあれがわかんないですもんね、言ってる言葉が。内容が。

参  専門用語とか、読めないですもんね。

武  読めない。漢字が読めないもん。「モトヒが…」とか言われても意味がわかんない。3年目以降は、時間のあるときに先生の自宅でくっちゃべってたんですけど、お昼前から夕方くらいまで。埼玉の実家に帰る途中に寄ってた。

参  今の場所では不耕起栽培を何年ぐらい?

武  今は南房総の吉沢っていう地区でやっていて、3年目。その前は館山でやってたんですよ。

参  なるほど。

武  千葉県の神崎町に、日本自給教室っていうのがあるんですけど、その団体の主催者が自然耕塾を出ていて。

ひ  田んぼのオーナー制度をやってるんです。その人に「五十嵐さん、館山で分校開かない?」って言われて。やり方はある程度、自由にやってもいいんだけど、自給教室っていう看板をつけて、分校をいろんなところに出したいんだって言ってて。

武  岩澤先生が亡くなった年の、2012年から2年間、自然耕塾のスタッフとして働いてたんですけど、生徒さんで館山の自衛隊に勤務してる人がいて。自然耕塾を卒業したら実践したいんです、って相談を受けてたからそういう縁もあって館山で始めた。

ひ  だけど、そこで2年やって、堰の水の問題とか、ちょっとやりづらくなっちゃった。
で、南房総市でやっていいよ、って言ってくれたところがあったんで、そこに移ったのが今から3年前。そのタイミングで、武志くんに、自分の看板で、オリジナルていうか独自のものをやったほうがいいよって言って。武志くんはやらされ仕事で始めた笑。今までお世話になったむつう整体のお米農家さんからも独立して。

参  じゃあもう今の場所でスタートする時は、お米は作れるという確信はあったんですか?

武  最初からそれはあるんですよ。確信はもう。岩澤先生のやってた方法があるから。
岩澤先生は全部、機械ありきだから、不耕起用の田植え機とか。それを機械じゃなくて、手作業にするだけだから。別に、ぜんぜん変わんない。
逆に機械使わない分、どうすればいいかっていう、なんだろうな、狭い視野で田んぼを見れるから、楽になりましたよね。

ひ  むつう整体のお米農家さんとやってた時はやっぱり農家さんのやり方で、それなりに広い面積で。

武  そう。2町歩。で、そこから独立するときに、機械ないから、必然的に手作業になった。

ひ  私たちはお米の販売を目的にしてなくて、教室に参加してくれる人たちとやるから手作業でも大丈夫だと思う。1人で広いとこ手でやったら大変かもしれないけど、みんなでやったらね、できるかなって思う。

武  ぼくはいくらでもできるけどね。

ひ  そうなの?すごいね。

武  田植えはできる。稲刈りはちょっと一人じゃ無理だけどね。稲刈りの場合、刈って置いて結んでかけて、だから、やりたくないですよね。笑

参  そうですよね。

武  コンバイン買ったほうがいいや。



ーー どうして不耕起栽培をしているのか?

ひ  端的に言うと?

参  生き物が好きだから?

武  それもあるし、トラクターに乗るのが疲れるんですよね、そもそも。

参  へー、そうなんですか。そんな風に見えないけれど。

武  あとは、不耕起の田んぼは全然、不安感がないんですよ。

ひ  武志くんは、足元が不安定なところがあまり好きじゃない。

参  私が今やってる田んぼはそれこそ膝下まで入りますから。

ひ  それが、耕さないと、ズボズボズボズボってならないっていうか。固い、地面がね。

武  そう。

ひ  安心感がある。笑

武  安心感。とにかくそれが一番。

参   なるほど。あー楽しみです、それ。

武  その次に、耕すと、全部がわけわかんなくなるんですよ。岩澤先生のやり方は、イトミミズの餌として米ぬかをまくんですけど、例えば、米を8俵とりたいんだったら、一反歩(いったんぶ)で、基本は100キロのぬかをまく。だけど、耕しちゃうと、倍いれなちゃならないんですよ。耕しているところは200キロ。めんどくさいんですよ。
それでも結局、計算通りにできない。途中で腐敗したりとか、稲が先にぬかの栄養分をとっちゃう、イトミミズの餌になる前に。そういうの、ややこしいことになってくるんで。それがまずイヤなんですよ、僕。

ひ  わけわかんなくなる。笑

武  そう、わかんない。

参  確かに、土の中にもぐっちゃうと、それがいつ効いてくるのかってよくわかんない。

武  そう。で、さらに、田植え機でも手植えでも、ぬかをまいたあとに僕たちが田んぼに入るわけだから、その時点で、また、深いところにあるのと上のところでは状態が違ってくる。とにかく、計算できない。

ひ  耕しちゃうとずれてっちゃう。耕さない方が、ぬかをまいて、それを餌にするイトミミズがいて、っていう順番がわかりやすい。あとは抜けちゃう、耕すと、肥料分が。

武  そう。肥料分が抜けていきます。

ひ  それで、耕さない方が計算しやすい。

武  そうそうそう。

ひ  できる人はできるのかもしれないけど。武志くんは苦手だってことだよね。苦手なことをわざわざやるぐらいだったら、シンプルに。

武  そうだね。そういうシンプルに考えるっていうのが、農家にはないから。



ーー 品種について

参  品種はコシヒカリなんですね。

武  はい。

参  コシヒカリ、やっぱり美味しいですもんね。

武  おいしい…もそうなんですけど、結局、計算ができないんですよ。

参  あーはい。

武  コシヒカリは、すごく意図的に栽培用に品種改良しているんですよ。

参  はい。

武  コシヒカリのあとに品種改良されたものは、ほとんどがコシヒカリの血筋を持ってるんで、すごい、高度な技を求められちゃうんですよね。高度なっていうのは、肥料いっぱいあげるとか、短期間で作るとか、そういうの面倒くさいじゃないですか。

参  はい。

武  で、古い品種やると、今度は逆に、背が高くて実がつかないとか、病気がちになりやすいとかなったりするから。コシヒカリが分かれば、どっちでも栽培できる。

参  なるほど。

武  やりたければ。

参  はい。

武  僕はあんましやらないけど。計算できないから。

ひ  今の日本のお米づくりっていうのはさ、コシヒカリをスタンダードとして、いろんなことが考えられてるから、まず基本はコシヒカリなんだよね。

参  はい、なるほど。

ひ  基本をやった上で応用として、他の品種をやると良いかもしれない。

武  炊飯器もコシヒカリ専用になってるから。

参  そういう位置づけなんですね。

武  それを分からないと難しい。さらに、その地に合ってない品種を作っちゃうと、全然あわないですよね。


ーー 一反歩(いったんぶ)あたりの収量

武  僕は6俵を目指してますね。360キロ。だと、循環してる。あんまし負荷がかからない。ぬかも100キロから150キロで充分。それ以上求めると、例えば7俵とるんだとしたら、肥料分を外からあげなくちゃいけないんですよ。

参  うーん。

武  慣行農法と一緒で、途中で、分けつ肥と穂肥を入れる。それをすると、田んぼ自体に負担がかかって、病気になる可能性もあるし、あとは、生き物がかたよる。

参  なるほどね。そうですよね。何かしら、成分が濃かったりして、不自然なことが起こりそうな感じがしますもんね。

武  この、360キロっていうのは、コシヒカリでの360キロ。

参  私よく分かってないんですけど、慣行農法よりは少ないんですか?

武  そうですね、基本10俵とれて農家さんは一応生計が成り立つ。

参  それに対して6俵だと60%。なるほど、分かりました。

武  肥料とかあげていったりすれば、10俵とれるんですけど、まず面倒くさいし。

参  お金もかかりますしね。

武  そうそうそう。これも化学肥料だったら計算できるからいいんだけれども、
こだわって、有機肥料にするとまたよくわかんないことになる。

参  そうですね。

武  だからもう面倒くさい。

参  株間は広いんですか?

武  30センチの場所と25センチの場所。

参  そんなに広いわけじゃない。

武  そうですね。